柴田礼子のオルフ教育
オルフの理念から見る音楽教育

 カール・オルフは「カルミナ・プラーナ」と「子供の為の音楽」(Musik fur Kinder〕等を残した偉大な作曲家でありメソッドを残さなかった偉大な音楽教育家である。
 メソッドがないということは当然、長所と短所がある。短所は、教育における考え方を記述したメソッドなるものがない為に、間違って理解されたこと、作品や楽器のみが一人歩きをしてしまったこと、普及しにくかった点等が上げられる。長所は、メソッドがないことで、その国、その時代によって、指導する人間によって自由に展開できるという点にある。
 そして現在残っているのは、オルフの作品群と彼の理念だけである。オルフは最初、ドイツ語を重視してドイツの子供達の為にシュールベルクを作った際、既に人に何かを伝えていく為には、自由のきかない、凝り固まったやり方ではだめなのだと確信していたに違いない。
 オルフが考えていたのは、音楽的知識があってもなくても、誰もが音楽を楽しむこと、音楽を通して人間同志が関わること、音楽を通して自分の表現、自分のあり方を考えるということだったのではないだろうか。彼はそう考えたからこそ、誰でもが簡単に演奏できて、尚かつ、美しい音色のするオルフ楽器を開発し、オルフシュールベルクを1つのモデル(教育のアイディア)として捉えていったのだろう。
 シュールベルクについてはオルフ自身の記述も多少あるが、シュールベルクのモデル的性質、注釈における意味、エレメンタールな音楽と動きの教育の捉え方についてはUlrike Jungmair教授の「Das Elementare」に詳しい。そして、各国のメソッドを持った音楽教育でさえ、解釈する人によって活動の展開が違うのであるから、オルフ教育のように理念しかない場合は、更に様々な解釈、様々な捉え方が出てくるのは当然である。

Hermann Regner教授の分類でそのオルフの理念を要約すると、次の5点となる。

1. 音楽教育は母国語と共に母国語によって始まる。

2. 音楽、踊り、言葉そしてその他の芸術を1つの分野として認知する。

3. 音楽教育において全ての音楽的パラメーターを体験する為に楽器の演奏も学ぶべきである。

4. 「音楽を楽しむ」ということは、個人的な体験だけでなく、グループ体験でもあるべきである。

5. 音楽教育では誰でもが創造的に音楽に取り組んでいけるようにしなければならない。
 
 私はオルフの理念からも、自分の学んできた事からも、オルフの教育は音楽教育という枠の中には収まりきらないと思ってきた。実際にオルフ研究所で学ぶ際の専攻は「音楽と動きの教育」と位置づけられる。オルフが彼の理念に基づいて行ってきたことは、限られた空間、時間の中での特定の教科ではなく、私達人間を包み込んでくれる人間教育であったのではないかと思う。それは音楽による人間教育、表現という手段を通しての人間教育であり、様々な芸術というフィルターを通してみえる教育のあり方と自己のあり方の探究ともいえるだろう。そしてそこには教師と生徒の従属関係があるのではなく、人間と人間が向かい合う姿勢が浮かび上がってくるのである。そういう関係性に身を置くことができた時に見えてくるものの大きさは計り知れない。 
 レーグナー教授は、それを「互いに信頼する」ことだと述べている。相手を信頼するということは、自分を発見すること、自分をよく知るということで、それらは他の人達との関わりの中で可能になってくることだという。 そして更につき進むと、オルフのエレメンタールな理念と方向性というものも、1つの決まった方向ではなく、放射線状にありとあらゆる方向に伸びているのだと気づかされる。だからこそ、オルフ研究所に関わっている優秀な教育者達も、根本的を教育に対する相互理解は持っているものの、それぞれの資質に合った実践法や教育理論、指導法を展開しているのである。
 1995年のオルフ・シュールベルク国際シンポジウムにおいても、レーグナー教授は「シュールベルクの理念は現代でも45年前と同じように意味深く、様々な方向性を示しているもので、私達は、オルフの理念が現代において何を意味するのか、シュールベルクにおける総体性や多義性はどこに存在するのか、オルフの精神はいつ、どんな時に要求されるものなのか、国境を越えて互いに話し合い、教え合うことが大切だ」と述べている。私は、オルフのこの理念を表現教育を行う上での自分の核として位置づけている。
 5年に一度開催されるシンポジウムの年に当たる今年は、3月に概に、フィンランドで最初のシンポジウムが行われ、後3回ほど、ドイツやアメリカで、それぞれのテーマでシンポジウムが開催される。
その際に、何が話し合われ、どういう方向性が出てくるのかはわからないが、いずれにせよ、私は自分にとってオルフの何が必要で、教育者として何を伝えていくべきなのかをしっかり見極めていかなければいけないと感じている。 
 オルフの理念というものは、実はとてもシンプルで普遍的なもので、特別なものではないのかもしれないとも思う。 だからこそ、オルフはかつて、「人間が人間のことを本当に考えた時、人は同じことをする」と述べていたのかもしれない。 ただ、私達人間は厄介な動物で、そのシンプルな場所に戻るまでに、いろいろ回り道をしたり、寄り道をしなければ、その大切なことが見えてこない動物なのかもしれない。
 今年、シンポジウムとは別に行うプライベートなオルフの研修で、前出したレーグナー教授やユングマイヤー教授、その他のオルフ研究所の大御所の先生によるディスカッションを予定している。 そこで、何が出てくるのか、今から楽しみにしている。 

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